1866年、モスクワに生まれる。
1886年から1892年まで、モスクワで法律と国民経済学を学ぶ。その後モスクワ大学の助手。
1896年、ミュンヘンに移住。アズベ芸術大学で絵画を学ぶ。
1898年、ミュンヘン・アカデミー入学に失敗、そのまま独立して仕事を続ける。
1900年、アカデミーでフランツ・フォン・シュトックに学ぶ。以後画家としてミュンヘンに住む。
1906年から1907年にパリに、その後1908年までベルリンに滞在。
1910年、カンディンスキー最初の抽象画が誕生。
1911年、「芸術における精神的なるものについて」を発表。この頃、ドイツ、パリ、ロシアで数多くの展覧会に出品。
1914年、ロシアに帰国。
1918年からさまざまな機関で文化政策の仕事に携わる。
1921年末、ベルリンに移住。
1922年6月から1933年4月まで、バウハウスのマイスター。
1925年10月まで壁装工房の主任、10月以降第1学期生のための「分析デッサン」と「抽象的形態要素」の授業を受け持つ。
1927年4月以降、自由絵画クラス。
1933年、パリ郊外ヌイイ・スュル・セーヌに移住。
1944年、ヌイイにて死去。
カンディンスキーが主張する、あらゆる分野を統合するという概念は、バウハウスのプログラムにも現れている。また色彩論と形態論を通じて、彼は1923年前後の造形に影響を与えた。1927年に始まったカンディンスキーの絵画クラスは後期バウハウスの魅力の一つとなった。
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